さえずりを聞く

最近Twitterの面白さにハマっている。私は見る専門なのだが、Twitterは自由に自分の好きな事を囀っている人ばかりなのだ。だから鳥のマークなのね、とあらためて気がつく。(違うのか?)

 

そしてその囀りは私が10代の時に感じた周囲に自分しかいないと思っていた何だか根暗な事が好きな変な人扱いを受けなくても良かったし、疎外感を今のこの時代なら感じなくて済んだのだな、と思うほどTwitterの人々は名名の好きな趣味を惜しげもなく披露してくれている。

 

私が幼い頃蜘蛛が蜘蛛の巣を作るのを1時間も飽きずに眺めて感動したような感覚を持ったまま大人になり、虫好きな人は虫を極め、生き物を極めている。宇宙の事も、道の事も、極めている人は本当に極めてそれを惜しげもなく本当に惜しげもなく囀ってくれる。面白い。

 

私はこれだけは断言できるが何か一つを極める事はできない。何故なら好奇心が節操ないので、大概のご趣味にお付き合いが出来てしまい、そのどれか一つを極める事ができないであろう。

 

そしてその好奇心の向く先はハッキリとしていて、知らない事を知りたい、知らない事があると知りたい、という事だ。だからあまり人間様の遊び的なご趣味には興味がない。

 

海でバーベキューするけど来る?となったらバーベキューは人様がお肉焼い焼いするだけなので興味の向きようがなく、海で、の所の海に興味を湧いてしまう。海辺にはどんな貝殻があるのかな、どんな形の石があるのかな、どんな生き物がいるのかな、どうしてかな、不思議だな、という事にしか興味がない。

 

だからTwitter見ていると、ああ!今すぐこの人について辺境の国道を旅して辺境の地を訪れてみたい!とか、この人にご一緒して昆虫捕まえたりしたい!とか、ウズウズしてくるのだ。

 

私は何か一つを大好きで極めている人の話を聞くのは大好きだ。だから性的なご趣味でなかったら大概の事はお付き合いできるのでお付き合いしたいのだが、如何せん人見知りだ。つーか、人は苦手だ。だから1人で好きな事をしている人のお邪魔をしたいがお邪魔できない。

 

どーか伸び伸びと今後も好きな事を極めて欲しいと楽しみに毎日さえずりを聞かせていただいているのだ。ま、実際鳥も大好きなのでフォローして鳥さんの囀りも聞いてるけどな。