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パヤリのバカン

最近買ったリュックはどうやら猫も杓子も持っているリュックらしく老若男女構わず持っているな、と街を歩いて気が付いた。

 

常から脳内だけ世捨て人のように情報に遮断されているのに、どうして世間様のリュックの流行りすたりの動向などがわたくしにわかるであろうか。しかし私の脳はかなり優秀だな。情報に遮断されているというよりは数ある多量の情報の中から、瞬時に自分の興味ある事しか拾わないように出来ている。

 

たくさんの人の群れの中を歩いていても、金魚や鳥やあと予測不能な動きをする子供ばかり見てしまう。あと建物のカタチを見るのも好きだ。地域色が出るからな。まあ、でも日本はつまらない事にみんな似たりよったりのカタチを好むから。それが私もとうとうみんなと似たりよったりのカバンを持ってしまった。

 

私は流行りは知らないが知らなくてよいと思っている。変な感覚だけど、流行りというものくらい切なくて寂しく感じるものはない。刹那的だ。流行らないものは永遠に使い続けても捨てられた感がでないが、流行ったものはその時期を過ぎてしまえば何とも言えない捨てられた感がでる。

 

私はそれを感じると寂しくて泣きたくなる。だから流行りのものは知らないから買いようがないけど、あえても買わない。それなのに今回は私の優秀な脳が情報を遮断しすぎてパヤリのリュックを買ってしまった。

 

もう、寂しい。このカバンが世間に捨てられる日がくるのが。どうして人は残酷に流行りを作るのだろう。流行ってます!って言葉嫌いだ。永遠に流行る数少ない幸運なアイテムより絶対に過ぎ去って忘れ去られていくアイテムの方が圧倒的に多いのだから。

 

しかし流行るものも選択を入念にすれば永遠に捨てられるずに使えるものもあるな。これからはロゴがあんまり目立つものはやめよう。うん。それからカタチも定番のものを選ぼう。うん。

 

とりあえず今回買ったカバンは今度の陶器祭りに買う予定の丼入れにでも使おう。うん。俺はお前を捨てないぜ、って男前のセリフをカバンに吐いてもしょうがないけど。

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