サドドトマドゾ

最近こんな事をふと思った。私はもしかしてマゾなのではなかろーか?10何年も片思いしてた相手は全く私を相手してくれなくて、それどころか冷たい視線に冷たい言葉を浴びせられる事もあったのにフツーなら心が折れて好きでなくなるハズだと思うのだが。

 

むしろあの冷たい視線を思い出すとグサっときた記憶よりもその眼力の強さにドキッとトキメキせずにはおられないでか萌え萌え、した記憶の方がまさる。

 

うむ。わたくしはマゾかもしれぬ。しれぬが自己判断はいかぬ。という事でマゾ度判定みたいなのをスマホでやってみる。するとサド度が40ちょっとマゾ度が50ちょっととなっている。ふむ。やはり微妙にマゾだ。だからどーした。

 

だからどーした感のあるこの結果を友人に見せる。すると友人が驚く事を言う。というか変人度が高い。と。

 

びっくりしてよく見るとサド度とマゾ度の下に変人度なるものがある。

 

…70を超えている。変人だ。まごうことなき変人だ。

 

実は以前にメンヘラ度を測るのもやってみたら、メンヘラというより執念深い執着心の強いただのストーカー気質だとあった。

 

つまり私はまとめると執念深い執着心の強いストーカー気質のマゾエッセンスを少し振りかけた全体的には7割超えで変人らしい。

 

そんな感じで今日姉妹にその話を一生懸命話すのだが、マゾ度サド度が言いにくい。

 

あのね、サドドとマドゾを測って…

 

おねーちゃん、言えてないよ。マドゾって何?と腹を抱えて姉妹に笑われる。言い直そうと思ってもサドドとマドゾを連発してしまう。

 

ようやく伝えたい事を伝える。私の変人度が高かったんだよ。と言うと妹に真顔でおねーちゃん、本気で自分が変わってるって事に気が付いてなかった訳じゃないよね?と言われる。

 

実はよく変わっている、と言われる事も多かったのだがどこら辺にそう言われているのかはよく分かっていないのは認めざるを得ない。

 

あのね、おねーちゃんは変人だからね。と改めて言われる。

 

どこら辺りが変人なのだろう…

 

今日実家の洗い物の最中に窓の外に綺麗なお腹がオレンジ色の鳥が飛んで来たので嬉しくなってスマホで撮り、調べてジョウビタキだと分かって嬉しくて姉妹や家族にやんややんやジョウビタキだぜ!いえいいえい!興奮して言うも、はいはい。あー、はいはい。ってなもんで軽くどころか軽すぎるくらいの扱いを受けるのであるが、こういう行動も変人に入るのであろーか?

 

いや、この行動は違う。この行動が変人なら以前恋路が浜に行った時に望遠レンズをスタンバイして遥か彼方の上空を何か面白いものでもいるのか沢山の人達が写真など撮っていたが、あれは渡りの鷹を見ているバードウォッチングの人達だったのだ。

 

私の今日のこのジョウビタキいえいいえい行動が変人ならバードウォッチングしてる人は皆変人になってしまう。

 

しかしここである事に気が付く。私はバードウォッチングを趣味としていない。その時々次々に珍しく興味ひかれるものが出てきてそれを見ている時は周囲から遮断されている。周囲には興味なく当たり前のモノでも私には目が輝くくらい不思議に映るので、ついついそれを周囲の人もそうだと思って嬉しくて話してしまうのだ。

 

すると周囲の人は私が話している事がさっぱりわからないらしく、あー、はいはい、的な事になる。ここら辺りに変人ぽく感じさせる何かがあるのかもしれない。

 

バードウォッチングしている群れの中にいてジョウビタキの話をしたら私は変人ではなく仲間だったろう。

 

つまり変人とはその集団の中の共通の認識や行動、常識、とは別の認識や常識を示してしまった人に与えられる栄誉ある称号なのだ。

 

私はありがたい事に変人だと言われるのを避ける為に心を許す人を限りなく少なくしているし(端的に言うと友達が少ない)、人にもあまり興味がない。

 

私の変人ぽいところをあー、はいはい、と軽く流しながらも認めてくれる家族や友達がいるのは幸せな事だな。

 

幸せ自慢オワリ。

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