アイスを愛す

私は綺麗好きではない。神経質なところもあまりない。ある時子供達と甥っ子と化石取りに河原に行き、河原でそのままオニギリを食べようとしたのだが、たった1人甥っ子だけ、マーちゃん、お手拭きは?と聞いてきてビックリしたものだ。

うちの子達はもうその時素手でむしゃこらオニギリを食べている。そうか、ご飯の前には手を洗いましょう、とは学校や保育園だけの事ではなくフツーに家庭でもそう教育しなければならないのだな、と反省した。甥っ子にはごめんね、お手拭き忘れたから素手で触らないように食べて?と言うと本当にオニギリに直接触らないように器用にチミチミ食べていた。

人間とは一度気になり出すともう気にしてなかった時の過去には戻れないものだ。この年にしてようやく手を洗ってからご飯を食べるようになった。そうしないと何だか気持ち悪く感じるようになった。遅い。すごく遅い。
遅きにすぎる。

気にしていなかった昔には戻れないとは、何にでも通じるな。呪いとか恋とかと同じようなものだ。恋になぞらえるなら昔覚えた百人一首にあった。あひみての後の心にくらぶれば昔はものをおもわざりけり。

会う前は恋しくて苦しくて仕方がなかったけれども、会った後の恋しさに比べれば会う前の気持ちなど思っていなかったと同じようなものだ、という意味。(かな?多分?)

手を洗わなくてもご飯が食べれていた時の気持ちなど、ご飯を食べる前に手を洗うことを覚えてしまった今では昔は何にも考えていない無頓着ぶりだったんだろうなあ~(ちょい無理やり)

呪いになぞらえるなら私は甥っ子によって呪いをかけられたのだ。マーちゃんがこれから手を洗わなければご飯を食べる時に気持ち悪くなる呪いをかけてやる~と。まあ、ほとんどの人はその呪いにもっと小さい時からかかっているんだろうが。

そんな私もそんな無頓着な私も1つ異様なまでに神経質に気持ち悪く感じる事がある。棒アイス、持って食べるタイプのソフトクリームがすごく苦手なのだ。だから子供にアイス
を買って来る時は基本カップアイス。棒アイスを買って来てもお皿に乗せて食べさせている。

これからの時期には子供が泣いて喜ぶポッキンアイスなど言語道断、絶対自分からは買わない。誰かからもらった時だけ食べさせている。

屋台のかき氷も苦手。リンゴ飴もNG。というかよく考えると屋台系はみんな苦手かもしれない。理由は手がねちょねちょべちょべちょするから。熱で溶ける系は尚さら神経がすり減る。手にタラタラたれてくるあの気持ち悪さ。

服も汚れる。手も汚れる。お出かけに来て楽しい気分も一気に急降下。おそらく私は子供の頃、いや今でもめちゃくちゃ不器用なので食べるのも下手だったせいで、人より綺麗に食べる事ができない。不器用な人が手に持つアイスなど食べたら服に点々とアイス染みを作るか、ガリレオでもないのに重量の実験さながら激しく地面にアイスを落として叩きつける羽目になるだけだ。

神経がすり減る。

つまり何が言いたいかと言うとこんな時間にカップアイスを食べようとしている自分の気持ちを落ち着けようとしているのだが、やっぱり棒アイスより手も汚れず、神経もすり減らないカップアイスの素晴らしさにあらためて気がついただけだったという事で、カップアイスを食べる事にした。



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