生きていくのに不必要

8時からの子供会神輿準備の為、7時40分に起床。車で5分のところへ時間の3分前に家を出る。

だが、意外に3分でついて丁度8時。中では子供会に属する親たち、主に母親が竹の棒に花をつける作業中。

しかし竹の棒6本に対し棒持つ人花つける人それぞれ1人ずついればいいので、大概する事がない。と言うことで私は喋る人になる。一応花を片手に作業してます、アピールしながら。

20分程で作業は終わり。卑しいのでちゃんと参加した人に配られるジュースを率先して頂いて帰る。一口飲んで自分のお口に合わなかったので子供にどうぞどうぞする。

掃除を終えてコタツでゴロゴロしていると、外からカンカンカンカン!と甲高い音が聞こえてくる。

子供達が石をトンカチとタガネで割っている。トンカチとタガネは以前化石取りに行った時のものを倉庫から引きずり出してきたようだ。

しかし庭石を割っても化石など出てくるはずもないのに、カンカンカンカン、バンサンカン。まあ、すぐに飽きるからいいか。

化石かー。また取りに行きたいが活き活きしているのは私だけで子供達はウンザリなんだよね。フツー逆じゃなかろうか。

ザリガニ取りに行っても魚を釣りに行ってもダントツの収穫量を誇るのは私。妹には生きていくのになんの得にもならない技だね、と言われている。

私だって、もう少し頭の中身を充実させたかった。だけど子供の頃は今よりもっと野外ワークが忙しかったのだ。

蝶を死ぬほど採って死なせたり、蝉を死ぬほど採って犬に食べさせたり、カニを死ぬほど採って水腐らせて異臭を放たせたり、猫の昼下がりの情事を観察したり、山道をソリで滑って足を血だらけにしたり、民家に忍び込み勝手に子猫を撫でくりまわしたり、犬と一緒に猿を追いかけまわしたり、あー、ほんと忙しい日々。(悪い事と残酷な事と危険な事しかしていないようだが、気にしないでおこう。)

ああ、だから、勉強している暇なんてあるわけないよね?頭の中身が充実しなかったのは仕方がない。たまに、偉い教授とかが子供の頃は虫ばかり採っていた、とか言っているが、あの人達はホントに偉い。

野外ワークしながら頭の中身を充実させれるのだから。ホントに天は二物も三物も一人の人間に与えて、どうゆうつもりだ。直訴してーや。

そうこうしていると、石職人ごっこに飽きた子供達が家に入って来た。飽きるの早っ!流石私の子。集中力持続力努力根性すべてなし。二物、三物どころか基本仕様で付属されている部品がいろいろ足りない感じ?

通知表も散々だったしなあ。でもその散々な通知表も私の子供時より随分マシであったから、あまり悲観する事はないかもしれぬ。

夕方は父が来たのでまたもやシュークリームを食べる。父がキッチンが汚い、ちゃんと掃除しろ、と言う。うちの父母は大変綺麗好きである。私はダメだ。

日々生きていくのに精一杯のエネルギーしか持ち合わせていないので、土日のどちらかにトイレと部屋の掃除をしたらエネルギーが切れてしまうので、キッチンの秩序を維持するエネルギーまで確保できない。

しかし、地震雷火事親父、怖い親父の言うこと、蛇に睨まれたカエルらしく、ゲコゲコ、いや、ヘコヘコしながらちょびっと掃除しておく。

うむ。でもよくよく見ると大変汚い。これは晴れた日に子供を金で釣って手伝わせて掃除するだな。

父が帰ると時間も時間なので簡単なカレーにする。しかし人参がない。親子丼にするかと思ったが玉ねぎ嫌いな娘はカレーの玉ねぎならまだしも、親子丼の玉ねぎはあまり食べてくれないので、人参なしのカレーにしておく。

そのかわりシメジとほうれん草を入れておこう。やはり世間一般のこだわりに全く支配されない自分らしく、作る料理はいつもフリーダム。

私がこんなにフリーダムなのもやはりきっと子供の頃のフリーダムな野外活動、動物達の観察に由来するのかもしれぬ。

動物よりのわたくし、まだまだ人間様にはなりきれぬものよ…