うつくしか

起床、朝の準備、通勤、といつも緊迫した綱渡り的時間の無さなので気が付くのが遅くなったが、会社の椅子に座ると左背中側付近がジンワリジンワリと痛みを訴えている。

これは、もしや腰痛というものでなかろうか。昨日梱包作業中に変な体勢をとっていたので、少々違和感があったのだ。

それに前かがみになると痛みが強くなる。痛みの場所を圧迫していると、ちょっと楽。腰痛の人がなる症状そのものの症状。でも腰痛になった事がないから、確信できない。

大体人は自分の痛みと他人の痛みが同じものであるとどうやって判断しているのであろう。

これが頭に手を当て、痛い、と言っている人がいたならそれは紛うことなき頭痛だし、お腹を抱えてトイレにこもっていれば、腹痛だろう。

だが、腰痛だけは非常に曖昧だ。大体どこら辺りが腰になるのだろう。背中側の下の方とボンヤリした位置づけだ。

だから私はこの痛みを腰痛と断言できない。一番近い痛みは首を寝違えた時にある一定方向に動かすとズキッとするあの痛みに似ている。

体を前面に傾けるとあかん。ずきん。の赤ずきん状態。

とにかく一日中それこそ大昔前の関節の動きがものごっつう硬いロボットのような動きで真っ直ぐを保つ事に腐心する。しかし、最近のロボットは関節滑らかだね。

隣の若君に腰痛になった事があるか?と尋ねるとないです、という返事。だよね。若いもんね。

私もつい最近まで断言出来たのだ。腰痛などなった事がない、と。なんとなく、誇らしく、最後の若い象徴のようにすがっていたのだ、腰痛になった事がない事に。

だから、ダメだ。すぐに諦めてはいけない。これは首を寝違えたように、背中下部左側を寝違えただけなのだ。腰痛などでは、決してない。

しかし、少し良い出来事に気が付いた。動きに細心の注意をはらうため、なんだか下に落ちたモノを拾うのも、おしとやかでお上品な感じに自然となってしまう。

きっとマナー教室にでも通い始めたと周囲の人は思ってくれるだろう。しずしず歩いて、ゆっくりそっとしゃがむ姿など大和撫子そのものではないか。惜しい。かえすがえすも惜しい。

この大和撫子スタイルをもっと若い時に身につけておけば、会社で社長の息子を、な、なんて、おしとやかな人なんだ…!!と感動させてまんまと結婚までもちこみ、社長夫人になるのも夢ではなかったろう。

この際妄想なので、今も昔も社長の息子と働いた事がない事実には目をつむっておこう。

そしてしずしずモードで帰宅、する途中、夕暮れの空の美しさに目を奪われる。もうすっかり日は沈んで青い空が濃い、深い、でも透明感のある青紫になっていて、そこにキラリと一番星が輝いている。あれが宵の明星といわれるものであろうか?明星て金星?だったかな。

それにしても、美しいが冷たくも感じる。きっとどこか遠い遠いところにある誰もその惑星を認知するもののいない夕暮れと、この夕暮れがかわらないように思えるからかもしれぬ。

人がいようがいまいが変わらず美しいのはなんだか、残酷にさみしい感じがする。まあ、自然とはそんなものなんだろうけど。

はあ。腰が痛いし(あ、認めちゃってるよ…)社長夫人にもなりそこなったから、少しナーバス気分?

こういう時は寝るときに蛇モードになって子供に絡みつき、クンクンよい匂いをしこたまいただくとしよう。

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