天に届く大木

朝起きて大分前に見たアニメの影響か、娘が江戸に下って天に届く大木を見たい、とのたまう。いつ連れて行ってくれるの?と、いつか連れてってあげるという大人の言葉を鵜呑みにした質問をする。

娘よ、いつか連れてってあげる、とか、いつか行こうね、とか、いつかランチしようね、とか、いつか会いにいくね、などのいつか〜しようね言葉は、全くその気がないのをやんわり伝える思いやり言葉なのだよ。まだ、わからないかな?

しかし、そうだな。まったく天の大木には興味はないが、これで江戸へ下る理由ができたとも思える。それに個人的な嗜好から国立科学博物館なるものに前々から行きたくて仕方がなかったのだ。本当は国立博物館へも行きたいが恐らくうちの子供達は興味がなさそうに見受けられる。

よし、目的が出来たから明日にでも行こうと、新幹線の予約でもしに行くかな、と江戸に下るのが中学の時以来とも思えぬ気軽さ。思い立ったらすぐ行動に移したくなる。憐れ、子供達はこの母の思い立ちに何度いきなりつきあわされてきたか。

わたくしは大体何ヶ月も先にあれ行こう、これしよう、と考えるのが苦手である。豊富に沸き上がる妄想力で何ヶ月も前から計画していると、当日が来るまでに何百回も行った気になり疲れて行く気が失せてしまう。

だから、朝起きて急に子供達に、よし、化石採りに行くぞ!と行ったり、よし、明日は遠くのテーマパークまで行くぞ!と前の日の晩に宣言したりする。夫も随分振り回されて来た。なんてたって夜中に急にゆすり起こされ、明日はどこどこ行く事にしたから、朝早く起きてね、と言われるのだから。たまったものではない。

だが、最近夫とは休日がわたくし達となかなか合わない。だから、逆に私の歯止め的な役割をする人がいないのもあって、思い立ったら吉日とばかりに、思い立ちすぎてしまう。

新幹線のチケット買いに行く前に大木の揺れに左右される大木登り不可状況を確認する。む?明日は揺れ揺れかも?登るのダメかも?

娘に、大木は諦めない?と聞くとイヤダと言う。そもそも、目的は大木だったはずなのに、いつの間にか自分の嗜好に傾いている。

しゅん。あ、行く気萎んだ。やめた。明日は家でゴロゴロする事にしよう。娘には来週なら天に届く大木登れるから、来週にするべ?と無理やり納得させる。

しかし、目的の日までに一週間もある。あまり妄想しないようにしないと行った気になって、行く気ゼロになってしまう危険がある。これは娘のためにも自分の守銭奴根性を利用して新幹線なり、大木登り券なり購入して、買ったのだから行かなければもったいなか!!と思わせる他ない。

だが、しかし、私には少し不安がある。果たして、わたくしの石はいい子にしていてくれるだろうか?

なんてたって、4年に1回しか医者に行かない私が、ちょうど保険証がない時に病院に行かせた程のミラクルパワーを秘めた石である。守銭奴のわたくしが、大枚はたいて子供達と江戸に下るという、ここぞという時にミラクルパワーを発揮しないとも限らない。

まあ、よいか。痛み止めもあるし。来週大木がそう揺れなかったら行ってみようぞ。

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