暑苦しい愛は白板と共に去りぬ。

今日は寒くて気分ものらない。残業していこうと思っていた時間よりも早目に切り上げ家に帰る。家では子供が宿題終わったと言って遊んでいる。だが、その余裕の姿がフェイクである事は明白である。その姿が偽者であるかどうかは大体この一言で見分けがつく。

「終わったところ答えあわせてあげる。」

その一言でたちまち上の息子は、あ、そう言えばまだあったの忘れてた、と言って宿題を始める。ちょろい…。しかし今でこそこんな程度の干渉ですんでいるが、ほんの1年前くらいまで私は子供達を天才にしようと日々シャウトしていた。

とにかくわからない所を徹底的に教えようと最初は広告の裏紙に書いて分かりやすく教えているつもりだった。が、一向に成績は上がらない。紙ではいけないと次は100円均一で小さな白板を買ってきて丁寧に教えたつもりだった。が、一向に成績は上がらない。やっぱり100円均一ではいけないと、1000円の白板を買ってきて熱血に教えたつもりだった。が、一向に成績は上がらない…。

やばい。このままでは何万円もするコロつきの白板ボードを買ってきてしまいそうだ…。それに私は薄々気付いていた…。私が白板に熱く書きなぐり、ここ!ここ大事!とシャウトして教えている時の子供達の目…。明らかに聞いていないどころか、私の向こうに宇宙を見ている…。どんな望遠鏡よりも有能に遠くを見ているあの目。(ある意味ノーベル賞とれそう…)

私は悟った。うん!無駄な足掻きはやめよう!うちの子供達は天才じゃなくて天災だ!大体小学校時代算数結構0点とってた自分の子供だもん!うふ!天才になれる訳ないじゃん!うふ、うふ、アハハハ…あーあ、もっと早く諦めていれば1000円の白板買わずに済んだな…。あ、でもコロつき数万円の白板ボード買わずに済んだからいいか(ネットでどれにしようか選んではいたがな…)

暑苦しく燃え上がる母親の間違った愛の象徴…それが白板ボード。今ではほとんど出番がなくて、たまにお絵かきに使われている、哀しい母の愛。