計算外

男の子を育てるにあたり私はとてつもなく気をつけている事がある。それは家事をやらせて、家事は母親だけの仕事ではないと教えこませようとした訳だ。

 

私は奥さんを下僕のように使う男の人は好きではない。そういう事でダンナ・ハーンも結婚してから徐々に教育しなおし、今では自分のシャツは自分でアイロンをかけれるまでになった。自分の事を自分で出来ない人間が金も払わず人様に自分の事を押し付け奥さんに偉そうにしているのを見るにつけ恥ずかしい奴だと思う訳だ。

 

そりゃ人間だもの。色々人様に押し付けたいもんだ。しかし押し付けるなら金を払うかそれなりのお返しというものが必要だ。金も払わずたいしたお返しもなく誰かのために動けるか?いや、動けない。動くとしたらこの世の中で貴方だけは誰にも渡したくない、私に依存させて甘やかせて共依存の関係に陥らせたい、というほどメンヘラチックに尽くしたい相手が出来れば別だ。今の所ハーンを含めて(←酷い)私をメンヘラ的衝動からそう動かせる相手はいない。

 

そして我が息子達も女人をそこまで惚れさせる才能などありはしないのが、生まれいでたその時から決定している。ならば自分の事は自分で出来る人間にならなければ一緒に暮らす相手を見つけれないかもしれない、とばかりに息子達に家事を手伝わせてきたのだ。

 

しかしここにきて計算外の事がおこった。洗濯物をせっせっと畳む息子達を横目にソファでグダンと横になっている娘はこりゃどうした事か。自分の事を人に押し付けて平気なクズのような男を世の中に送り出したくないが為に必死になっていたら、自分の事を人に押し付けて平気なクズみたいな女人が出来そうだ。これはいかん。

 

りーちゃん!一緒にやるの!と叱るも逆ギレされる。今やろうと思ってた!と。今やろうとしてた人はブラックジャック寝転んで読んでないから…ってツッコミは娘の逆鱗に触れるのでやめておこう。

 

それに書いてて不安になってきた。自分がクズでない自信が全くないことに。。

田舎者は折り畳まない

この前姉と話していて、街に住む親戚と1日遊ぶ機会があったのだが、皆折り畳みの日傘を持っていてビックリした、と言うのだ。

 

そうなのである。わたくしも数年前から街に住んでいる友、ならびに街に住んでいた友と行動を共にするようになって驚いたが、みんな折り畳み傘をご携帯あそばせている。

 

わたくしたち姉妹にとって傘はものすごい土砂降りの時にようやく日の目を見る(傘なのに日の目というのなんだが)ものであり、普段は車の中にただ転がっているだけの存在なのだ。

 

大体田舎に住んでると本当に歩かない。どこへ行くにも数キロは離れているので車で行くしかない。雨に濡れる機会は車から目的の建物までの数メートルしかない。数メートルのために傘を隣の車にぶつけないように開き、また入る時に閉じ、などとやっている時間にハッキリ言ってそこそこ濡れる。という事でそこその雨なら傘など差さず走った方が雨には濡れぬ。

 

という事で傘を開く機会が田舎は圧倒的に少ないのだ。都会に比べて。そんなただでさえフツーの傘も日の目を見ること無く雨に打たせてもらえないものを、どうして折り畳み傘などが雨に打たせてもらえるものか。というかそもそも折り畳み傘などタンスの中で旅行時に備えスタンバイしているだけで田舎者は常のクセでそこそこの雨なら濡れてなんぼなので、旅先でそれこそ雨に降られたとしても折り畳み傘も折々と重なった骨をめいいっぱい広げる夢を見ているであろうに、その夢を叶えてあげる事も叶わぬ。なんてたってカバンからモタモタと出して差した後にそれを手に持って歩く事のめんどくささったらない。

 

そんなこんなで先月お目当てのバンドのライブを見るために街へ行った時も傘など持たずに行ったのだが、ライブが終わって駅から出ると雨が結構降っている。屋根つたいに歩いても限度があるので大変濡れた。街を行く人はそれこそ皆折り畳み傘を広げて慣れた手つきで傘を差していく。

 

しかしやはり街で傘を差すのは田舎者にはストレスでしかない。田舎で傘など差しても人にぶつかる危険性はゼロに等しいのでのびのびと歩けるが街を歩くには気を使う。電車の中でも気を使う。ああ、いやだ。ストレス。それなら少々の雨に降られた方が精神衛生上大変よろしい。風邪をひいて会社を休めたら尚よろしで、いい事ずくめではないか。

 

うむ。しかし1人の場合はそれでいいが、誰かと行動する時の相手の気持ちになったら傘も持たずにビショビショと濡れている人と行動していたら、周囲に新手のイジメかと思われて相手の人格疑われてしまうかもしれない。または相手に気を使わせスっと傘をさして出させてしまうかもしれない。

 

そんなこんなで折り畳み傘を携帯あそばせる事にこれからはしようではないか。

 

 

書道家

次男坊がゲームを父親に禁止されているのだが、1ヵ月色んな約束事をキッチリ守ったら月末の土日にのみゲームをやらせてもらえるらしい。しかし次男坊が、1ヵ月散々我慢して努力してたった2日だけなら、僕はもうゲームはやらない。努力するの嫌だからと堂々とのたまう。

 

そうなのだ。私も全くそのタイプだ。何か大きな目標の為にコツコツ努力する事が苦手だ。今やりたい事を我慢できないので、本当にやりたいちょっと先の事にたどり着けない。目の前にぶら下がる大好物人参より口元にあるいつもの干草を食べちまうのだ。干草我慢したら人参食べれるって、そんなの諦めてフツーに干草食うわ。それから人参はどんな悪どい手段を使ってでも手に入れるわ。という腐った根性はあるが真っ当な努力はできない。

 

そんな次男坊、僕は書道家になるといきなり言い出し最近は来る日も来る日も書道道具を傍らに文字を書きまくっている。そして自分の字を自画自賛している。こういう無駄な努力は惜しまないんだよなあ。無駄無駄無駄無駄!ってアホっぽい無駄な事するのは私も嫌いじゃないから好きにやらせているが。

 

これも一時の流行り病のようなものだと、床に散らばるばらかもん(書道漫画)を見て思う。影響受けすぎかよ。ま、私もめちゃくそ影響受けるタイプだが。

 

天空の城ラピュタテレビで初めて見た時はシータの秘密の名前を暗記してブツブツ呟いていたので、母親に何ボソボソずっと呟いてるの?大丈夫?と心配された記憶がある。

 

次男坊の書道家なりきりも私の、る、しーた、とえる、うる、らぴゅた、と同じと思えばいくらか次男坊の方がマシに思えるな。

 

とりあえず、頑張ってくれ。書道家

お化けなんてないさ!

昼ご飯の時にお化けの話になった。私はこの手の話を聞いているとイライラしてくる。何故ならお化け、幽霊の類を信じないからだ。どうして人はたやすく幽霊やお化けを信じるのであろう。私も全否定をしている訳ではないが、見えるという人やそういう人の話をすぐ真に受けて、キャー怖い~、てな感じが無理なのだ。

 

だって、ある人には見えてある人には見えないって単純に見える人の脳内の機能的な特色である可能性否めなくない?鳥や犬や生き物一つとったってそれらと同じものを見てもきっと同じものを見ているようには映っていない。

 

この前カラスが道路に飛び出てきて、あ!轢いてしまった!と車を止めたらそれは黒いビニール袋だった。同じ私が見ていても黒いビニール袋は数秒前には私の目にはハッキリとカラスが映っていたんだから、人間の見るものの不確かさなんて証明されているではないか。

 

それなのに自分には見えもしないものを他人が見えると言ったってたやすく信じられるかっっ。自分の見たものでさえ不確かで信じられないのにさっっ。

 

それから私がもし他人に見えなくて自分にだけ見えているものがあっても絶対誰にも話さんぞ。人を無闇に怖がらせて何が楽しい。そして、わざわざ人に話す事でもないだろう。自分にしか見えないものなんて人には沢山ある。カラスのかわいさ生き物の輝きなんて、一緒にその場にいる人に見て見て!とコーフンして話しても相手にしてくれぬ人が多いではないか。その人達には見えていないのだ。カラスのかわいさ生き物の輝きが。

 

それなのに、何故にお化け!幽霊!がいた!なんて事は自分には見えてないのに、そんなに相手できるんだ、みんな。何?ちょっと怖がってそのスリルを楽しみたいわけ?そんなの相手するくらなら、カラスが美味しそうにミミズを食べる所を一緒に見てくれや。

 

という、以上の理由により今日のランチの時間も1人お化け信じない派として内心イライラしながら話を聞いていた。

 

私はお化けも幽霊も信じず、お化け屋敷なんて笑いがこみ上げてくる程だが、何故かホラー映画と心霊写真(と言われる類のもの)だけは怖くて見れない。

 

いないけど、何か怖いモノ。でもさ、そんなの怖がってるより、世の中現実的に怖いものいっぱいあるから、見えない人は信じなくてもいいと思います。とりあえず、私はいるか分からない霊より、山となった仕事、毎日鏡に映る老けたおばはん(多分あの人は私やろな)、財布に入れてもすぐに無くなるお金、そして何より雷様の方が怖いでやんす。

 

さえずりを聞く

最近Twitterの面白さにハマっている。私は見る専門なのだが、Twitterは自由に自分の好きな事を囀っている人ばかりなのだ。だから鳥のマークなのね、とあらためて気がつく。(違うのか?)

 

そしてその囀りは私が10代の時に感じた周囲に自分しかいないと思っていた何だか根暗な事が好きな変な人扱いを受けなくても良かったし、疎外感を今のこの時代なら感じなくて済んだのだな、と思うほどTwitterの人々は名名の好きな趣味を惜しげもなく披露してくれている。

 

私が幼い頃蜘蛛が蜘蛛の巣を作るのを1時間も飽きずに眺めて感動したような感覚を持ったまま大人になり、虫好きな人は虫を極め、生き物を極めている。宇宙の事も、道の事も、極めている人は本当に極めてそれを惜しげもなく本当に惜しげもなく囀ってくれる。面白い。

 

私はこれだけは断言できるが何か一つを極める事はできない。何故なら好奇心が節操ないので、大概のご趣味にお付き合いが出来てしまい、そのどれか一つを極める事ができないであろう。

 

そしてその好奇心の向く先はハッキリとしていて、知らない事を知りたい、知らない事があると知りたい、という事だ。だからあまり人間様の遊び的なご趣味には興味がない。

 

海でバーベキューするけど来る?となったらバーベキューは人様がお肉焼い焼いするだけなので興味の向きようがなく、海で、の所の海に興味を湧いてしまう。海辺にはどんな貝殻があるのかな、どんな形の石があるのかな、どんな生き物がいるのかな、どうしてかな、不思議だな、という事にしか興味がない。

 

だからTwitter見ていると、ああ!今すぐこの人について辺境の国道を旅して辺境の地を訪れてみたい!とか、この人にご一緒して昆虫捕まえたりしたい!とか、ウズウズしてくるのだ。

 

私は何か一つを大好きで極めている人の話を聞くのは大好きだ。だから性的なご趣味でなかったら大概の事はお付き合いできるのでお付き合いしたいのだが、如何せん人見知りだ。つーか、人は苦手だ。だから1人で好きな事をしている人のお邪魔をしたいがお邪魔できない。

 

どーか伸び伸びと今後も好きな事を極めて欲しいと楽しみに毎日さえずりを聞かせていただいているのだ。ま、実際鳥も大好きなのでフォローして鳥さんの囀りも聞いてるけどな。

 

久しぶりの日記

子供達が西の菩薩祖父母の家に1週間遊びに行っているので、家事がすこぶる楽である。5人分の洗濯物が2人分。食事作るもの2人分はなんと楽なのであろう。それなのに残業で遅いので思ったほど子供のいない時間を満喫できていない。

 

初日にカイコくんととつけ麺を食べに行ったくらいだ。死ぬほど仕事の愚痴を浴びせてカイコくんにとっては美味しくないつけ麺になったであろう。汁に麺をつけてるというより私の仕事の愚痴につけて食べてるようなものだ。私はつけ麺初体験な上に言いたい事を言いまくったのでスッキリしたけどな。

 

家に帰って雀の米さんにキャベツや瓜を食べさせる。ピエ蔵は好みが色々あって野菜はあんまり食べてくれなかったけど、米は何でも食べてくれる。その代わり米さんはお触り禁止だ。ぜんっぜん撫でさせてくれない。ピエ蔵さんは手の上でリラックスしてナデナデさせてくれたのに。

 

あと少しでお盆休みだ。楽しみだ。これを書きながら今日の朝ドラの録画を見ていたら、主人公のすずめと近所のおじさんが話しているシーンが出てきた。すずめ役の女優さんは指導された不自然な岐阜弁を話しているのに対しおじさんは地元のエキストラのおじさんなのだろうか。ものごっついネイティブな発音で岐阜弁話すがな。

 

何か恥ずかしい。わたくし常々標準語話している思い込みがあるのだけど、こうも鮮やかにネイティブとネイティブじゃない人の会話を目の当たりにしていると、私も天上界語のネイティブである事を思い知らされる。

 

でも、このおじさんの話し方懐かしい。さすがの私もこんな天上界語は話せない。おじいちゃんや近所のおじさん達の話し方がこうだったな、と思い出される。

 

気が付かないけどやはり少しずつ話す人も減っていって話されなくなる方言もあるのだろうな。標準語ばっかりになったらそれはそれでつまらないな。

 

潰れる…

もう僕も帰りますけど消灯お願いします。と隣の課の海好きさんが言う。はーいはい。と返事をすると、すごいですね、忙しそうですね、と話しかけてくる。

 

新しく工場担当になったから正社員登用目指してるので頑張ります。でもなれる見込みがないのにこの仕事量だったらどないしょ~ですね。と、言うと、本当だね、それをエサに仕事振られるだけ振られるのは最悪だね、と笑っておっしゃる。笑い事じゃないわい。

 

まあ、前回のカッチョ様がそうであった。めちゃくそエサチラつかせるのでがむしゃらに仕事引き受けて、さあ、いざ正社員にしてくれ、と言ったらパートから正社員はいきなりハードルが高い、と言われたのだ。確かに請負、派遣からはすぐになれるが、パートからはあまり聞いた事がない。

 

でも今回はさすがに工場担当者になったのだ。カッチョ様が上に対して私を正社員にするための強めの材料を作ってくれたのが本当にありがたい。

 

ありがたいんですけど、今までがむしゃらに引き受けてきた弊害で派遣さん1人雇ったくらいでは私の仕事を全部移す事ができない。おそらくパートなら3人分、派遣なら2人分の仕事を引き受けてしまっていたのだろう。派遣1人じゃどうにもならんわ。てな事で新しく増えた工場担当としての責務を全うしたいのに、移しきれない仕事が残り、冗談じゃない量の仕事量になってきた。誰か助けて。エビバディヘルプ。

 

大体前任の工場担当者は事務処理仕事に派遣を1人つけていたのだ。今回私が工場担当になるにつけその派遣さんの事務処理ごと引き受けて工場担当になっのだ。やっぱり足し算引き算のバランスがめちゃくそ悪くないですかい?社畜ここに極まれり。

 

カッチョ様と私の誤算は私の仕事を1人の派遣に全部移せると思っていた事だ。私は他人と仕事量など比べたこともなく、自分のような学歴もなく、バカで不器用な人間が出来る事は犬でも出来ると思っていた節がある。だから、いざ引き継ぎをし始めて、派遣さんが仕事量と仕事内容に顔をひきつらせるのを目の当たりにして、本当に自分のバカさに改めて反省しきりなのだ。

 

バカだからバカみたいに仕事をもらった。その結果、引き継ぎがうまくいかない。私の元の仕事量を10としたら10-5=5、そこに10の仕事がやってきた。15やんけ。いや、まじ無理やて。あと5を何とか誰かに引き継がにゃ。でも誰もいない。いないから、派遣さんに頑張ってもらってあとせめて2だけでも引き継げないか模索中。しかしその派遣さんが私から引き継いだ5の仕事を7割くらいしか出来ていない。ものごっつう残業して。その人にあと2を引き継がせれるのか?!

 

さあ、私が正社員になれるか今後の展開に乞うご期待。その前に潰れそうだが…